【読書感想】隠し剣秋風抄|藤沢周平|隠し剣を操る武士たちの短編集

こんにちは、ginkoです。
今回は、藤沢周平さんの時代小説「隠し剣秋風抄(しゅうふうしょう)」の見どころを、読書感想とともに綴ります。
藤沢周平さんの作品は名作ばかりですが、その中でも「隠し剣シリーズ」は、私のお気に入りの一つです。「隠し剣」の通り、ここぞという場面でのみ使われる剣技は本作品でも様々な形で披露されていました。
【あらすじ・内容】
「隠し剣秋風抄」は、複数の短編で構成されており、「隠し剣(秘剣)」を操る様々な武士たちの物語です。主人公は各話で異なっており、彼らが藩内の権力争いや理不尽な命令、個人の復讐といった様々な状況のなかで、隠し持った秘剣を振るまいます。
本作品には、酒におぼれた飲んだくれ剣士が主人公の「酒乱剣石割り」や、女難にさいなまれた醜男剣士が主人公の「女難剣雷切り」など、全部で9編の短話が収載されています。
【みどころ】
多彩な「隠し剣」とその背景にある人間ドラマ
各話ごとに異なる「隠し剣」が登場しますが、各々において「剣にまつわる人間ドラマ」が深く掘り下げられている点が、このシリーズの魅力です。単なる剣の技だけでなく、それが生み出された経緯や使う者の心の葛藤、そしてその剣技がもたらす結末が丁寧に描かれています。
「武士としての生き様」「家族や愛する者への思い」「理不尽な世の中への怒り」など、様々な感情が「隠し剣」を通して表現されており、その描写が見事です。どんな思いで隠し剣をふるったのか、多種多様な主人公の心情が、読み手にわかりやすく伝わってきます。
藤沢周平ならではの「下級武士の哀愁と矜持」
藤沢周平さんの作品には「下級武士たちの日常や彼らが抱える哀愁、そして武士としての揺るぎない矜持の描写が多い」という特徴があります。また、主人公で描かれるのは、派手な活躍をするわけではなく、むしろ地味で都合よく利用されてしまうような武士が多く、本作品に出てくる主人公もそんな人物たちです。
下級武士として哀愁ただよう彼らの「不器用ながらも自らの信念に従って懸命に生きる」姿は、現代にも通ずるものがあるでしょう。
自分の大切なものを守るため、彼らが秘めた隠し剣を発揮するクライマックスは、このシリーズにおける一番の見せ場。一見何の見栄えもしないような主人公が、どのような形で秘剣を披露するのかを、ワクワクしながら読める面白さがあります。
「盲目剣谺返し」は映画「武士の一分」の原作
本作品に収められている「盲目剣谺返し」は、2006年に公開された木村拓哉さん主演の映画「武士の一分」の原作として知られています。本話は、毒見役の仕事で失明してしまった剣士が主人公となっており、家の存続のために奔走した妻が、不本意ながらも上役に体を売ってしまう話です。
映画タイトルにある「一分(いちぶん)」とは面目や責任のこと。原作においても、盲目となった主人公の武士としての面目や果たすべき責任をテーマに、困難な状況に陥った夫婦の絆が描かれた作品となっています。
【読書感想】
隠し剣シリーズのなかでは物足りなさを感じた
この作品では、魅力を感じる下級武士が個人的に少なかったように思います。余りにも無様で情けない剣士の話が多く、結末がスカッとする話も正直少なかったです。
丁寧な描写であるからこそ、主人公の情けなさも際立っており、多くの話で共感できる部分がなかったのがとても残念。一話一話は読みやすくて、それぞれに楽しめたのですが、他の隠し剣シリーズと比べると、良い余韻ではなく消化不良感が残りました。
簡潔ながらも、さすがの情景描写と心理描写
「隠し剣秋風抄」には9編の作品が収められており、各話は短いですが、無駄を削ぎ落とした簡潔さの中に、登場人物の心情や情景が豊かに表現されています。少ない言葉でも、登場人物のたたずまいや面持ち、風景の変化にいたるまで、様々な景色ががとても鮮やかに伝わってくるため、物語へ没入しやすかったです。
また、いずれの話も展開がキレイにまとまっていたため、まるで一つの映画をみているかのようでした。物語の内容もバラエティーに富んでおり、飽きることなく一気に読み進められたのも良かったです。
個人的なお気に入りは「暗黒剣千鳥」
本作品には映画「武士の一分」の原作となった「盲目剣谺返し」が収載されていますが、個人的には「暗黒剣千鳥」の話が面白かったです。名前も一番カッコいい(笑)。
「暗黒剣千鳥」は、上役の密命で人を斬った過去をもつ人物が主人公となっています。時が経ち、同じ密命を受けた他の仲間らが次々と闇討ちされていく話は、とてもスリリングで良かったです。しかも、隠し剣を使うのが主人公ではなく黒幕側であったため、その意外な展開に驚きと「そうきたかぁ」という面白さもありました。
一話あたり一時間程度で楽しめる
「隠し剣秋風抄」は、多種多様な武士をメインに、必殺の秘剣を通して様々な人間ドラマを楽しめる短編集です。他の隠し剣シリーズと比べると、魅力を感じる登場人物が少なかったため、物足りなさを感じてしまいましたが、楽しめる物語ももちろんありました。
藤沢周平さんの丁寧な描写は本作品でも健在で、短いながらも物語の世界にしっかり没入できます。読むのが早い人なら、一話あたり一時間程度で読めるため、気になる人はぜひ手に取って読んでみてください。
藤沢周平さんの作品なら「蝉しぐれ」もおすすめ。
こちらは、不遇な状況に置かれた主人公が、どんな困難にも負けずに生き抜いていく物語で、幼馴染への一途な恋や熱い友情なども描かれています。重厚な長篇小説ですが、内容がわかりやすくて読みやすいため、時代小説に慣れていない人にもおすすめです。
気になる人は、こちらを参考にしてください。