【読書感想】『蝉しぐれ』藤沢周平

こんにちは、ginkoです。
この記事では、藤沢周平さんの作品中でも名作と名高い「蝉しぐれ」の紹介と感想を綴りました。
あらすじ
海坂藩普請組の牧助左衛門の跡取り息子文四郎15歳と、隣家に住む少女ふく12歳。文四郎は2人の友人、小和田逸平と島崎与之助と共に道場と塾に通う毎日を送りながら、ふくとも交流があった。
しかし、ある事件で父が切腹になると文四郎の生活は一転、牧家は家禄を減らされ、母とともに長屋住まいを余儀なくされてしまう。一方でふくは江戸奉公が決まり、別れの挨拶時もすれ違いで会えないまま、二人は離れ離れになってしまった。
時は流れ、元服を終えた文四郎は、次席家老の里村左内に呼び出される。里村によって牧家は旧禄に戻され、文四郎は役目を頂戴し、再び組屋敷に住めるようになった。
しかし、文四郎がふくの実家へ報告に行くも、一家は引っ越していなくなっており、その理由はふくの出世(殿の手がついた)と判明する。ふくが手の届かない場所に行ってしまったことに、ショックを受ける文四郎。
勤めはじめて1年ほどたった頃、ふくの周りで不穏な空気が流れ始める。城では跡継ぎ争いが続いており、父の切腹の真相が明らかとなるなか、ふくとふくの産んだ子にも危険が迫っていた。
そして文四郎は、牧家を旧禄に戻し、自分に役目を与えた里村から命じられる。
「ふくの子どもをさらってこい」
ふくとの淡い恋や旧友との熱い友情、血なまぐさいお家騒動がある中で懸命に生きた文四郎の半生が描かれた長篇小説。
小説の特徴
「海坂藩」もの
藤沢周平さん好きの方なら、ご存じの方も多い架空の藩「海坂藩」の話です。海坂藩は、作者の出身地である山形県(鶴岡、庄内藩)がモデルといわれています。
江戸と違って自然が多く、だからこそ起こりうる災害(洪水)も物語に組み込まれていたり、主人公が父親の遺体を運ぶ際の大変さがより際立って感じられました。
読み易い長篇小説
牧文四郎という15歳の少年が、数々の苦難や後悔、迷いを抱えながらも懸命に生きていく半生が描かれた長篇作品です。
長篇ではありますが、恋や友情、お家騒動といった様々な要素を含んでいるため、展開に飽きることなく一気に読み進められます。わかりやすくも、丁寧な描写で読みごたえも抜群です。
感想
文四郎とふくの淡い恋が切なすぎる
小説のはじめに、少年少女だった二人が隣並びで住んでいた頃、裏の小川でふくが蛇に噛まれる描写があります。この時、文四郎はふくの指を口に含み、蛇の毒を吸ってあげるのですが、この思い出が小説の最後の方にも出てきた時、感慨深いものを感じました。
幼馴染ともいえる関係性で、決して想いを伝えあうことも出来ないまま、心に残った唯一の思い出を忘れることなく長い間、胸にしまっていたのだなと。また、ようやく想いを伝えあえれたのは良かったと思いましたが、過去には戻れない切なさも同時に感じられて、読んでいて胸がギュッとしました。
本当に苦しい時に手を差し伸べてくれる存在が尊い
性格や考え方が異なる二人の友人との友情も良かったです。立場など関係なく、自分にできる最大限の強みを生かして、お互いを支え合う変わらない関係性に羨ましいと思いました。
父(養父)助左衛門の切腹や牧家の減禄があっても、相も変わらず友人であり続け、ふくと子の救済にも手を貸してくれる様は本当に尊いです。
また、父の切腹時、遺体は遺族が荷車に乗せて運び出さなければならないのですが、この時にふくが助けにきてくれています。通行人の冷ややかな視線を浴びながら、状態のよくない道のりを文四郎が汗だくで運んでいると、ふくが途中まで迎えにきました。
特に言葉を交わすことなく、ふくは遺体に手を合わせると、そのまま荷車押しを手伝ったのです。
人が苦しんでいる時に、頼まずとも手を貸してくれる人の存在はかけがえのないもの。想像できないくらい打ちのめされているはずなのに、文四郎が精神を病むことなく、まっすぐ生きれたのはこういう人達の存在があったからではないでしょうか。
江戸時代を舞台とする小説をよく読みますが、この時代の命の重さや使命感について、読後に毎度考えさせられます。一つ間違えれば、あっという間に命が終わる時代に、何を考え、何を大切にしていたのかなと思うと、自分が抱える悩みがちっぽけなものという気もしました。
わかりやすい人間構図でも惹きつけられる展開
お家騒動に関しては、「え?この人が?」みたいなものは正直なく、敵味方がわかりやすい王道な人間構図だった気がします。それでも、文四郎の機転や剣術、仲間の協力がある中、ピンチな状況を文四郎がいかに切り抜けるのか、どう決着をつけるのかが気になる展開でとても惹きつけられました。
ただ父親の切腹から考えると、決着がつくまでに長い年月を費やしています。そのため、最後はスカッというより、ようやく少し報われたのかなと胸が熱くなりました。
読後の余韻が長い
とにかく、個人的には考えさせられることが多い小説でした。自分だったら・・・と想像してみたり、登場人物に感情移入して勝手に切なくなったり、他の小説と比べて余韻に浸る時間が長かったです。
また、小説には時折「後悔」に関する描写があります。自分にも後悔がたんまりあるため、過去は変えられないけど、その後悔とどう向き合うか、どう折り合いをつけるかを考えるきっかけにもなりました。
時代小説をはじめて読む人におすすめ
読みごたえのある長篇ですが、描写や展開がわかりやすくて読み易い小説でした。そのため、時代小説好きでまだ読んだことがない人はもちろん、時代小説ものに慣れていない人やはじめて読む人にもおすすめです。
また、切なくてみぞおち辺りがキュってなるけど、一途な純愛ものが好きな人にも是非読んでみて欲しいなと思いました。
再度読み返したい名作
実は、この小説を読むのは2回目です。
最初に読んだのは、映画版がとても良かったため、原作を読みたいを思ったのがきっかけだったと思います。映画は2005年に公開だったので、実に20年ぶりの再読でした。
1回目は、映画の内容をより深く知ったという感覚が強かったと思いますが、2回目でも内容はやはり面白く、より深く楽しめたように思います。そして、またいずれ再々読み返したいなと思いましたし、出会えて良かったと思える小説でした。