【読書感想】『恋歌』朝井まかて|ただの恋物語ではなく壮大な人生物語

こんにちはginkoです。

朝井まかてさんの作品は好きでよく読みますが、今回はタイトルに惹かれて手に取りました。実際に読んでみると、淡い恋物語が描かれているものと思いきや「恋歌」からは想像できないような重厚な内容の人生物語。

本記事では「恋歌」の小説ポイントを紹介しつつ、読書感想を綴りました。

【あらすじ】

ときは明治時代、小説家として名を馳せている三宅花圃(かほ)の元に、恩師である歌人、中島歌子が入院したとの知らせが入る。見舞いに駆けつけた花圃が目にしたのは、すっかり弱りきって小さくなった歌子。

花圃は彼女の依頼で、歌子に仕える無愛想な女中とともに書類整理を進めるのだが、その中から200枚を超える半紙の束を見つける。それは歌子の文字で綴られた書付(かきつけ)のようなもので、若かれし頃の半生を恩師が自らの手で記していたのだ。

商家の娘としての生まれから、とある水戸藩士との恋、ようやく成就させて嫁いだ水戸藩での暮らし、そして幕末の動乱に巻き込まれた先の投獄・・・。

歌塾「萩の舎」で多くの弟子を抱え、華やかな人生を送っていたと思われた歌子には、想像を絶する過去があったのだ。気づけば女中と共に、その書付を夢中で読みあさり、恩師の壮絶な半生を知ることとなる。

2013年に第150回直木賞を受賞した朝井まかてさんの作品です。

【ポイント】

中島歌子の知られざる半生

三宅花圃だけでなく、樋口一葉の師としても知られる「中島歌子」の壮絶な半生にスポットがあてられた小説です。歌人として生きた背景には、歌子(本名・登世)の一途な恋や、幕末の戦乱による絶望や悲しみ、憎しみなどがありました。

彼女が「君にこそ恋しきふしは習ひつれ さらば忘るることもをしへよ(恋することを教えたのなら、忘れることも教えてください)」という歌をどんな想いで詠んだのか、その想いが深く描かれています。

幕末の水戸藩における内乱

水戸藩は徳川御三家の一つ「水戸徳川家」がある藩ですが、幕末には藩内で凄惨な内乱が繰り広げられています。なかでも、天狗党と諸生党の争いは、党員の家族である女性や子どもまでも巻き込んでおり、夫が天狗党であった歌子も投獄されてしまいました。

作中では、内乱による悲惨な状況が詳細に描かれており、藩士や藩士の家族らの心情や背景が手に取るようにわかります。また、情勢逆転によって引き起こされた復讐も描かれ、この終点がどこに行きつくのかも見どころの一つです。

女性視点で描かれる激動の時代

幕末を題材とする作品は数多くありますが、本作品は、戦に行かない女性視点の幕末が描かれた作品です。中島歌子の半生を通して、女性がどういう気持ちで藩士の夫と向き合い、どのように時代に翻弄されていったのかが丁寧に描写されています。

また、同じように時代に翻弄される女性は他にも多く登場しており、歌子の半生を紐解く晩年パートも含めると、全体的に女性が中心の作品です。強さや弱さだけでなく、絶望や憎しみ、苦しみ、希望など様々な感情が交差する人間ドラマが、女性を通して描かれています。

【読書感想】

単なる恋愛ものではない

タイトルに惹かれて手にとり、実在した人物の一途な恋物語がメインの純愛ものだと勝手に思い込んでいたため、読了時には「思っていたのとちがった」というのが率直な感想です。

最初の方は、幕末という不穏な空気のなかでも、登世(のちの歌子)の初々しい感じや林以徳(忠左衛門)に対する恋心が多く描写されており、微笑ましく読めていました。夫婦となって水戸に移住してからは、義妹との関係に悩みながらも以徳の帰りを待ちわびるなど、夫への恋心が歌子の支えになっていたのがうかがえます。

しかし、歌子自身が水戸藩の内乱に巻き込まれてしまうため、中盤あたりから悲惨な描写が目白押しとなり、それまでの甘酸っぱい感覚が一気になくなりました。生きるか死ぬかという切羽詰まった状況は、読んでいて何度も胸が締め付けられるくらい、あまりにもリアルで印象的。

この過酷な状況の中で詠まれた歌が「君にこそ恋しきふしは習ひつれ さらば忘るることもをしへよ」です。

想像と異なる内容には驚きましたが「こういう背景の中で生まれた」のが表題の「恋歌」だとすれば、ただの恋物語ですまないことにも納得できました。

水戸藩の内乱が辛すぎる

幕末の水戸藩にスポットをあてた作品に触れるのは今回が初めてだったため、こんな悲惨な内乱があったことがかなり衝撃でした。命を奪い合う戦自体が悲惨ではありますが、藩士の家族である女性や子供に対しても容赦なく、自分だったらと想像したくもありません。今の時代に生まれてきて本当に良かったとつくづく思います。

また、本書の解説に「明治維新時に活躍した偉人の中に水戸藩士出身のものがいない」というようなことが書かれていました。確かに私が思い浮かべただけでも、長州藩や薩摩藩出身の人が多く、そもそも水戸藩士と言えば「桜田門外の変」のイメージしかありません。

幕末の動乱時、日本では藩と藩が全国的にぶつかり合っている中、水戸藩では内輪もめの戦い。これが結果として明治維新で置いてけぼりになったのかなと思うと、納得しつつも少し切なくなりました。

さすがの構成力

この作品は中島歌子の晩年に、弟子である三宅花圃が歌子の手記を読んでいくという流れで進められています。

歌子の半生がメインですが、時折歌子の晩年パートが挿入されており、あまりにも濃い半生パートに対する束の間の息抜きのように感じていました。そのため、まさか半生パートと晩年パートがつながるとは。。。

花圃と女中が歌子の手記を読み終える頃に訪れる「恋歌を詠った背景や理由」と「手記を残した理由」の綺麗なつながりを見せるクライマックスも、見どころの一つではないでしょうか。物語だけでなく、最後の最後まで楽しませてくれるような作品構成に、見事だなぁと感じました。

地に足をつけて生きていきたい

当時の時代からみて、女性が強く生きていく様には、それだけで勇気をもらえると同時に、自分がいかに恵まれているのかも思い知らされます。自分が中島歌子のような経験をしたいとは思いませんが、この人のように強く生き抜きたいと思いました。

自分にとって強く生きるには、ちゃんと地に足をつけて自分の意思をしっかり持つことが最低限の条件。今はわからないことがあってもネットですぐに解決できますが、自分の頭でしっかり考えて行動することを忘れないようにしていこうと思います。

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